人生をより低迷させる旅コミ誌「野宿野郎」を紹介するページです。

時にはトイレの中で… 第1回

トイレ野宿の個人史・前編
〜おじさんはトイレット博士〜

「困った時はトイレがいいよ」
 そのありがたい御言葉を頂戴したのは高校3年生の夏、友達と2人、青森をてくてくと歩いていた時だった。
 友達と私はその日、青森の竜飛岬にやってきて、そこから下関に向って、歩いて行けるところまで行こうと思っていた。そして、寝袋だけ持って来るには来たけれど、そこは野宿ビギナー、どうやって野宿をすればいいか、よく分ってはいなかった。日も暮れかけて、今日の寝床のあてもなく、その辺に寝れぱいいよ、と言い合いながらも、少し不安だった。
 そんな時てろてろと通りかかった軽トラック。家に帰る途中の農家のおじさん。渡りに船とばかりに「野宿をしたいんだけど、この先にいい場所ありますか?」と教えを乞うと、この辺は民家もそんなにないから困ったなあ…と思案した後、はたと口から飛び出した輝ける一言。
 そう、それが冒頭の



だったのであります。
 一面新聞紙をひけば汚さは我慢できる。個室に入れば、風を防いで寒さがしのげる。まして今は夏、へっちゃらさ。なんたって俺がやったのは冬だったんだ。酔っ払っていたけど、死ななかったよ。
 おじさんは続ける。おじさんは少し誇らしげである。なぜだか分らないが、おじさんはトイレ野宿経験者だったのだ。
 今ならわかる。いきなりトイレ野宿をレクチャーされる事は異常である。いきなりじゃなくても、まずあり得ない。なぜ、公園や駅やバス停ではいけなかったのか。または、危ないからやめなさい、なに考えてるんだね、そんな反応の方がよっぽどまともである。
 しかし、17才の小娘にはその異常さが分らなかった。というか、異常な事態に我を忘れたらしい。隣で友人もポカーンとした顔でおじさんの話を聞き入っている。
 青森の冬を思う。これが青森か! これも生活の知恵なのか! これが生きるって事だ! 私達はくらくらした。そう、可笑しなことに、おじさんの話は、若き2人の胸に深い感銘をあたえたのだった。「そうか、トイレなのか!」と。
 この経験から私は、トイレ野宿にとっていかにその出会いが大切かを訴えたい。いや、かくべつ訴えたくもないが、成り行きから訴えてみただげである。
 なんにせよ、よい師、トイレットおじさんに巡り会うこと、それは、若ければ若いほどいいに違いない。若者は無知なのだ。受ける衝撃は大きく、しばしば、衝撃を感動と取り違えることもあるだろう。
 しかし、若者の心は移ろいやすくもある。まんまと取り違えてしまった2人だったが、数時間後にはその感動もすっかり過去の物となっていた。さらに歩いて行ったところにぽつんとあった、小さな旅館の物置に泊めてもらえる事になったからである。しかも、夕飯の残り物がでぇーの、お風呂も貸してくれぇーので、至れり尽せり。1日目にしてこの幸運。浮かれる2人。新たなる(正しい)感動。
 こうして我々は、トイレットおじさんの教えをころりと闇に葬って、清く真っ当な旅をするよう努めた。実際、それから徐々に学習して行った2人は、おおざっぱに線路に沿って歩けば、駅で寝られるし、集落もあり安心である、という事がわかり、トイレに協力願うような「困った時」は現れなかったのだ。
 しかし、おそろしいトイレットおじさんの呪縛。トイレットおじさん、我師匠。やはりあの言葉は、ボディーブローの様にじわじわと効いていたのだ。
 友人と別々の道を歩むことになったのは、出発から1ヶ月程たった頃だった。毎日毎日、日がな一日、一緒に歩いているわけで、会話もめっぽう減り、最終兵器のしりとりもマンネリ化し、遂に2人は、禁断の「エンドレス食べ物しりとり」を決行してしまったのだ。
 そして、「カレーライス」とかいうから食べたくなっちゃったじゃないかとか、そこで「するめ」とか続けるからあんたはオヤジだとか、「メンチカツ」は禁句だとか、「つくね」も食いたいとか、ぷんすか2人はケンカ別れしたのだった。
 人は、しりとりでかくも激しいケンカをするものだろうか? 今思うに、友人とのこのケンカもトイレおじさんの呪縛が原因なのではないだろうか。
 一人になっても、私は線路沿いに歩き、無人駅を狙って眠った。少し心細くも、なんとかうまくやっていたが、たまに、ヤンキーが駅を陣取っていて、とまどうこともあった。「どうやら、ヤンキーは、駅が好きらしい」と、私は学習した。
 そんな私が、禁断の「トイレ野宿の世界」に足を踏み入れたのは、友人と別れて15日目、出発からは45日目の、広島県でだった。
 広島県に入ると、「どうやら、広島のヤンキーは、元気さがピカイチらしい」と私はあらたに学習をふかめた。深夜、駅をぐるぐる点検してまわっているお巡りさんに起こされことが増えたのである。目当てのヤンキーではなく、みのむし状の私を見つけてしまった彼らは、対応に困り、おざなりに職務質問をしたのち、「ヤンキーは怖いぞ〜!」と意味不明の捨てゼリフを残し、去って行くのだ。
 前日はやる気のある警察官に捕まり、なんだかわからないが、とうとう警察署に連れていかれてしまった。無罪放免となっても、駅まで戻してはくれないので、道に迷ってしょんぽりした。
 しかし、私はめげず、その日も駅に泊まることにした。夕飯を済ませ、7時くらいからぽやーっとくつろいでいると、ヤンキーがぞろぞろ集結して来るではないか。
 しかし私はあわてず、のんびり待とうと思った。今までの経験から、集結したヤンキーらは、2、3時間まったりと駅にたまり、閉塞感が頂点へ向うとき、原チャリでどこか彼方へと大移動して行く、ということがわかっていたからだ。
 しかし、その日のヤンキー軍団はしぶとかった。さすが広島、である。
 軍団構成員は、ナンパをしたがふられまくったという話をエンドレスに展開する全身ジャージくん、聞かされている下っ端ジャージ、だるそうなジャージズボンくんと半ジャージギャル、仲間をさらに集結させようとケータイをかけまくるが成果はかんばしくないボスジャージの5人(ヤンキーはジャージが好き、というのも学習)。
 全身ジャージは、まだまだ語り足りないみたいだし、ボスジャージは、あと数人団員が増えなければ、テコでも動かない心づもりのようだ。
 時刻は深夜も深夜、11時をまわった。こちらとて、朝は4時半に起きて歩き始めるという、老人顔向けの健康生活をしているのだ。11時なんでいったら、真夜中ってなもんだ。眠い眠い。よいこは家に帰って欲しい。しかし見るからによいこではなさそうなのでしょうがない。寝袋だして、からまれたらどうしよう。ああ、困った。困った困った。
 私はほとほと困った。そして思い出した。おじさんのあの言葉を。困った時は…トイレ! そうなんダ〜! 1、2、3ダ〜! と、私は立ち上がった。
 実は、その日の駅のトイレはとてもキレイで、男用と女用のまんなかに、車いす用のトイレまで付いていて、なんて感心な駅なんだとか思っていたのだった。あすこしか、ないではないか!
 そんなわけで私は、輝ける第一歩を広島のみなさんのおかげで踏み出せたのでありました。ありがとう、広島! ありがとうトイレットおじさん!
 って、ことで、後半につづく。なんだか疲れました。
(本誌1号より転載)





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